3rd QUATER

40代。人生後半戦。そろそろ本気で楽しめ。

急転!オストメイトへ④

月が変わって10月。会社を休んでちょうど1ヶ月。もう1ヶ月前には戻りたくない。ただ2年前に戻りたいかと言われたら戻りたいのかもしれない。いったいどこまで戻ればカルチノイドは防げたんだろう、なんて考えてしまったりもする。ふとした瞬間にまだ「夢なんじゃないか」と思う時がある。

 

結構、術後は順調にきているし、そこそこ明るく入院生活を送っているけど、たまにこうやって後ろ向きになる自分に気づくことがある。女々しい。いじましい。自己嫌悪。フィジカルの回復だけじゃなくてメンタルの回復も重要だよな。

 

いよいよ、入院前の診断書に明記された目安の退院日まであと11日。そろそろゴールが見えてきたかな。ここからは体の回復とともにオストメイトとしての生活に慣れることが重要になってくるそう。やったろうじゃん。

 

 

反復の10月上旬

10月1日 術後8日目 さよなら実習生

固形物の食事を開始して三日間、ストーマからの便通なし。身体から管も抜けて歩行もスムーズになった私の次のステップは、ストーマとのつきあい方に慣れることなんだけど、便がないからパウチ(装具)の扱いを学ぶ機会がない。廊下で歩行訓練(もはや散歩)してるときに遭遇する看護師さんのなかには、「便、出ました?」と気にとめてくれる方も。そろそろ下剤も検討すべきかと言う話が出始めた10月最初の朝、とうとう待望の排便があった。

 

いつもガスが出る感覚は感じていたので、今回もガスだと思って気にしてなかったら、外科医師団の朝の回診で、「便出てますよ!」と医師に気づいてもらったという。何はともあれ一安心。

 

早速、パウチから便を破棄する方法を看護師さんから学ぶ。トイレで悪戦苦闘。思ったより手がかかりそう。そしてピカピカ綺麗に保てる代物ではなさそう。まぁ、体内にある内臓だと思えば当たり前なのかもしれないけど。。。

 

早く退院したいので、早くパウチの扱いにも慣れたい。初回から積極的に自分の手でやらせてもらった。看護師さんからは、初回でここまで自分でできたら上出来とほめられる。いつもの通り調子にのる私。

 

病室に戻るとすぐに実習生と教育係の看護師さんが、今日が最後だと挨拶にこられました。そうか、もう一週間経過したのね。手術翌日の同意書の朗読が懐かしい。何気に色々な苦楽をともにしてもらった気がする。純粋で気が利くよい子でよかったわ。

 

一度二人が去ったあと、しばらくしてまた実習生が一人で病室に来てくれた。今日は何かケアをするでもなく、ただお話をさせてくださいと言って、傍らに座る。私は座るとお尻が痛いのでベッドに横になったままリクライニングは少し起こす。

 

おそらく患者とのコミュニケーションが実習の課題なのでしょう。色々なお話をさせてもらいました。看護師を志したのは、おじいちゃんっ子、おばあちゃんっ子だったから、お年寄りの役に立ちたいと思ったんだって。素晴らしい。ホントに良くできた孫だ。

 

これまで実習で担当してきた患者さんはお年寄りばかりだったけど、今回の私は初めての40代で新鮮なんだとか。スマホで音楽聴いてたり、Kindleで本読んでたり。確かに年寄りとは違うかもね。

 

長々と世間話をしたあと、彼女は戻っていきました。まもなく国家試験だそうで、次回会うときは看護師として!と力強く宣言してました。がんばれ!

 

昼飯後に歯を磨いてたら、またもや実習生と引率の教員が挨拶にこられました。教員の先生も、ICU時代の瀕死の私を知っているので、今の復活ぶりに目を細めて下さいました。

 

最後の最後、また実習生がお別れの挨拶で、「次会うときは看護師として!」と語ったところ、教員の先生に、「看護師として会うとしたらK+さんは患者さんじゃない!」とひややかなツッコミを入れられてました。それに対して私は「そのときは僕も患者ではなく、近所のおっさんとして会えるようにがんばるよ」(同じ市内在住と聞いてたので)と答えて、みんなで笑ってました。いつかそんな日が来たら素敵だなと思いながらお別れしました。自分の娘もこんないい子に育てられるかなぁ。。。なんて思いながら。(笑)

 

結局この日は便通が夜までになんと3回もあり、その都度パウチから便を破棄しました。溜まってからドバッと出すのが私の身体のサイクルなのかもしれないです。ただ教わったばかりの工程を早速試すことができて、体得するにはよかったかもしれません。まだ時間はかかっちゃうけど、看護師さんからしたら2回目以降、自力でできる時点で優秀な評価をくれました。このまま調子にのって頑張るぞ。

 

夕方、主治医の回診で、来週あたり妻とともに時間を作って欲しいと言われました。とは言え、そんな深刻な話ではなさそう。手術で取った腫瘍の病理結果が今週末に出るらしく、その報告とともに今後の方針について説明してくれるらしい。そう言えば確かに手術の結果どうだったのかは詳しく聞いてこなかったな。妻は手術当日、他の臓器に転移はなかったと言う説明を受けてたみたいで、私もそれを聞いて安心しきってた。ここまできて重大発見、路線変更!みたいなことはないだろうけど、じっくり説明はきかなきゃだな。

 

すぐに妻と相談。週明け5日で先生とも予定が合いました。先生からは「当日までに聞きたいことを整理しておいて」と言われました。妻とはGoogleドキュメント使ってお互いの質問を共有。改めてそう言われると質問ってあんまりないな。私よりも妻の方が大人な内容ばかり。私が思い浮かんだのは。。。

 

酒はいつから飲んでいい?

SUPはいつから復帰してよい?

 

まるで子供。

 

10月2日   術後9日目   ストーマ抜糸

今日は2日置きに訪れるパウチ交換の日。この日は事前に抜糸をすると言われてました。先にシャワー浴びて、終わったらナースコールすることになってました。

 

教わったばかりの剥離剤を使ってパウチを剥がす。自分だけでやるのは初めてだけど、まぁ、それなりにスムーズに取れたかな。パウチを外してストーマ剥き出しでシャワーを浴びる。怖くてストーマにはあんまり触れないから、適当に流すだけ。やっぱり健常体のときより多少時間はかかるね。

 

ストーマに注意しながらタオルで体を拭いて、館内着を着たら予定どおり脱衣場のナースコールを押す。人工肛門指導室なる個室へ移動して、専門の看護師さんと合流。パウチ交換時の恒例作業、写真撮影と採寸が終わると、今日はベンチに仰向けに寝っ転がる私。数分後、外科の回診でよく見る先生が2人登場。看護師さんに大きめのハサミを渡され私のストーマの抜糸をしてくれました。あのハサミ、でかいからびびるんだよね。結果全然痛みはないまま終わったんだけど。。。これでまたひとつ退院に近づいたのかな。

 

抜糸後、今日は新しいパウチをつけるのも自分でやってみる。しかしうまく行かない。接着面がよれてしまった。専門の看護師さんが空気が入ったところにうまく切り込みをいれてくれて、なんとか事なきを得た。これはムズいな。でも看護師さん曰く、私の腹は凹凸がないので難易度は低いらしい。まじか。。。

 

また、今後の装具選びのために、パンフレットを見せてもらい、色々なタイプの装具の説明を受けました。看護師さんの間では、私がSUPやってることは有名になってて(SUP知らない看護師さんは、何かマリンスポーツやってるって言うくらいの認識ね)、水に強いタイプや動きに強いタイプなどの説明もしてくれました。ホントに趣味にまで配慮してもらっちゃって申し訳ない。ただその看護師さん曰く、趣味のモチベーションは重要なんだって。

 

最後に、看護師さんから「パウチ交換を自分でできるようになるのはもちろん重要だけど、家族の方にもできるようになってもらう必要がある」と言われました。どうやら自分が体調不良や怪我で動けないときに備えるためらしい。そこで、奥さんを呼んで一連の手順を見てもらう時間を設けたいと言われました。

 

ちょうど週明け5日に妻が来院することを伝えたら、その日程で確定。さらに装具業者の担当者との面会も付け足されました。一気に週明けが盛りだくさん。早速妻にもその旨連絡しました。

 

なんだか雰囲気的に退院が見えてきた感じがして、心なしか開放的になり、財布をもって下階の売店へ。術後初めての遠征。ヨーグルト買って夕食後に食べると言う冒険を楽しみました。別に禁止されてるわけでもなく、誰に咎められるでもありませんでした。結構いけるじゃん。今度はスイーツ狙いだな。こういう小さいながらも自由な行動が可能になったことが、入院患者にとっては嬉しかったりするんだよね。

 

この日、夜勤の担当看護師さんはこの入院生活全体を通して私を担当してくれてる方でした。日中のストーマ抜糸とパウチ交換の様子を話したところ、「退院後、家での動線も今から考えておいた方がいいですよ」と助言を受けました。どこでパウチをはずして、どこで装着するのか。そこに必要なものはあるのか。なければ置くスペースはあるのか。なるほどね。。。確かに考えた方が良さそうだわ。色々自宅をシミュレーションしてるともはや退院した気分。

 

10月3日   術後10日目   名誉の放置

退院がちらつきはじめた術後10日目。通常だと日勤の担当看護師さんは、出勤して夜勤から情報を引き継ぎ、担当患者をまわる。。。「今日の担当で~す」って言って。で、その場で検温や血圧測定するのがルーティン。だけど、今日はそれが一向に来ない!これまで遅くとも午前中には今日の自分の担当看護師さんが誰だかわかってたけど、今日はお昼過ぎてもわからん。

 

まぁ忙しいんだろうな。いつものように廊下を歩いてると、最近は奇声をあげる患者さんもいたし、ナースコールも頻繁に鳴ってる気がする。一方私は、もはやフィジカルで超えるべきハードルはなく、あとはストーマケアとパウチの扱いの習得だけだから、看護師さんにとっての優先順位は明らかに下なんだよね。これは喜ばしいこと。退院が近づいてることのあらわれだね。結局、担当看護師さんがわかったのは夕方近くでした。お疲れ様です。

 

まぁ、気がつけばこの病室でも私が一番の古株になっています。回復してて当たり前かもね。

 

外科の病棟は回転が早い。一人あたりの入院日数は短い気がする。あくまで自分と比較してだけど。同じ病室でも、私がいる間だけで3回転してるベッドもある。別にお互い会話を交わすわけではないけど、自分より後から入院してきて先に退院されるとやはり羨ましいよね。そして自分の病気って重いんだなって勝手に落ち込んじゃう。たぶん病棟の他のフロア行けばもっと重い患者さんが頑張っているんだろうけどね。

 

ここで備忘録的に相部屋患者さんたちの記録。

 

◆救急で入ったキムタク

ある夜、急に入院してきたおじさん。たぶん50代。手術はしてなさそうだけど点滴治療で比較的長めの入院生活。と言っても私よりは短い。点滴交換で看護師が名前の確認をする際、「お名前をお願いします」→「キムラタクヤです」、点滴刺し直しや採血の際、「アルコール(かぶれ)大丈夫ですか」→「飲むのは大好きです」というのがお約束のおやじギャグの使い手。

ある程度回復してくると、早く退院したいから元気をアピール。衣類洗濯で下階に降りるために一時的に点滴を外してもらったら、このまま帰ってもいいか?と冗談をいい、看護師さんに本当にやめてください!とマジで不安がられてました。

退院日が決まって嬉々としていたけど、その間際で持病の痛風発症。主治医にはそれを伝えておらず、看護師さんには痛み止を依頼してなんとか退院日を迎える。ただ最終日の担当看護師が主治医に伝えた方がいいのではないかと言い寄ると、余計なことをするなと言わんばかりで必死の抵抗。いつものことだから大丈夫だとそのまま退院していきました。ホントに大丈夫だったかな。

 

◆手術翌日に大学の講義を受ける学生

4日程の入院だったかな。入院日、手術日、回復日、退院日のオーソドックスなスケジュール。スラッと長身、金髪の若者。話を聞いてると大学生っぽい。見た目は派手めだけど好青年な受けこたえ。コロナ禍で大学はオンライン授業らしく、手術翌日からノートPCを使って授業に出席してる様子。イヤホンで無音だからわからないけど、看護師さんたちも気を遣ってるっぽい。この時代だからこそだね。結局退院日も、もっと早い時間に退院できるのに、オンライン授業を受けるために昼過ぎくらいまで滞在してから帰ってった。まじめなのね。私が学生だったころを考えたら術後の体調で授業なんて考えられない。休んで当たり前。

 

◆抗がん剤治療?!の紳士

私がICUから戻ってきたのとほぼ同じ時期に入院されたこちらも50代位の紳士。繰り返し予定されている治療の何度目かで、看護師さんたちとも既に顔馴染み。これまでの経験から、自分の体調の見通しもたっていて、食欲がなくなる期間はあらかじめゼリーなどを売店で買っていたな。いつもお風呂の時間が私と近かったので勝手に親近感。結局私と同じ日に退院。白系のジャケットにハットをかぶって帰宅される姿は紳士そのものでした。

 

ちなみに誰とも会話してません。。。私が人見知りなのもあるかもしれないけど、病室って何気にそんなもんなのよね。

 

10月4日   術後11日目   さよなら館内着

日曜日は医師もお休みだし、大きな前進がないのは先週にもわかっていたので別に驚かない。というか、もはや超えるべきハードルがないので前進するとしても、パウチに関する自主練だけなんだけどね。

 

ただ、この日はある決断をしてました。それは館内着やアメニティ類一式のレンタルを解約すること。一日500円で館内着やオムツ、お風呂のシャンプー類、タオル類など、日常に不可欠なものたちが使えるサービスね。ただ一日500円って長期で積み重なると地味にダメージになるんだよね。入院前から、術後の生活が落ち着いてきたら解約しようと決めていたから、そろそろ潮時だろうと判断したわけ。

 

館内着はジャージを持参してたので問題なし。タオル類もシャンプー類も持ってる。問題はオムツでした。術後お尻の痛みが続いてるのはご存じのとおり。その上、お尻からは変な液体が出てるので、ずっと紙おむつの生活でした。赤いけど血とはちょっと違うみたい。最近はたいした量ではないみたいなので、だったら自前のパンツが汚れてもいいから解約しちゃおうか、となったわけ。

 

一応汚れないように売店で試しにガーゼを購入した(3枚100円のセットをひとつだけ)けれど、いざ解約を申し出たら、今日の担当看護師さんがガーゼを「箱ごと」くれました。まじか。買う必要なかったな。まぁ、助かったからいいや。

 

ガーゼを自前のパンツに挟んで着用。完璧じゃないけど問題はなさそう。そして、館内着から自前のジャージに。。。なんだか、一気に入院患者の雰囲気が消える。でも痩せすぎてて、体育教師のそれとも違うな。

 

服装が変わったのでちょっと嬉しくなり、いつものように廊下へ散歩に出掛ける。私を見かけた看護師さんは、「もうすっかり普通の人ですね」と。でしょ?

 

10月5日   術後12日目   退院日決定!

先週から予定されていた盛りだくさんの日。朝から採血、レントゲン。そして、午後には妻も一緒にパウチ交換の講座。その後主治医から今後の方針説明。さらにその後、装具の販売業者の担当者と面談。

 

朝、レントゲン検査のために下階へ行った際、偶然主治医の先生と会う。起床直後に受けた採血の結果はすこぶるよかったと伝えられる。退院の二文字が現実味を帯びる。レントゲン検査も、今の身軽な私には何の苦痛もありません。あっという間に検査を終えて病室に戻ります。

 

パウチ交換講座

午後2時半。妻が到着。まずはパウチ交換の講習。いつもの人工肛門指導室で開始。専門の看護師さんは今日は不在。俺が頑張らなきゃと調子に乗った私は、覚えたてのパウチの扱い方を偉そうに見せつけるも、いまいちうまくいかない。ひとまず形にはなったけれど不恰好。仕方あるまい。。。

 

妻は私のストーマ見て、特段怯んだ様子はなかったけど結局自分で装具を扱うことはありませんでした。まぁ、さすがにいきなり扱うのは勇気がいるので、看護師さんも端から見せるだけのつもりだったようです。

 

主治医からの説明

続いて主治医からの説明。ここが今日一番重いところ。私も術後初めて自分の病状について突っ込んだ説明を聞く機会。PCとモニターのある個室に、主治医と私たち夫婦、そして入院中の総合担当?の看護師さんの4名が会す。

 

ひたすら先生の説明を聞く。まずは血液検査の数値の変遷。いたって順調だと。そして今朝のレントゲン写真。こちらも問題なし。よしよし。助走はここまで。

 

いよいよメインディッシュへ。手術で摘出した直腸の写真。直腸まるごと、刺激的。まず問題のカルチノイドは、発見したときよりセンチ単位で成長していたようで、病理検査の結果も生検時と同様、悪性のNET G3レベル。さらに肛門に近いところにもうひとつ腫瘍が出現していた。もはや肛門温存なんて言える状況じゃなかったってことだね。つくづく早い手術で助かった。生検直後に手術の段取りを組んでくれた先生方に頭が上がりません。

 

そして、注目すべきは直腸の裏側。完全に裏側に染み出てリンパ節に転移していたようです。これが痛みの原因だったことは間違いないようです。画像でもカルチノイドの裏側は真っ黒でした。先生方の見立て通りってことだな。

 

まぁ、ここからが本題。がっちりリンパ節に転移していたと言うことは、リンパに乗って悪い細胞が身体の他の部位に運ばれてる可能性が高いということ。今の段階で他の臓器に転移は見られないけど、今後転移する可能性も一定程度覚悟しないといけないらしい。

 

な、なるほど。。。確かに。

 

先生の説明は続く。

 

通常の直腸癌の場合、転移の「予防策」として抗がん剤治療を行うらしいのですが、私が今回かかったカルチノイドは、予防段階で抗がん剤治療の効果が実証されてる訳ではないそうです。もちろん効果がないとも言いきれない。ただ、そんなどっち付かずの予防のために、副作用リスクの大きい抗がん剤治療を選択するのは病院としてはお勧めできないと言う。ただここは個人の考え方の違いもあるので、私たちの見解を聞かれた。

 

怖がりの私からすれば、副作用に苦しむだけ苦しんで、その結果虚しく転移が認められたときの悲しさを想像すると耐えられない。ここは先生の意見に同意ですよ。

 

私の反応を受けて先生は用意していた方針を伝えてくれる。肝は「早期発見」。未然防止ができないなら早めに発見できるようにしましょうと。3ヶ月に一度の検査を3年間続けるということ。まぁ、それしかないよね。賛成。あっさりと方針は決定。

 

その後、事前に用意していた質問タイム。比較的まともな妻からの質問は、ほとんど先生からの説明で不要となっていました。残りは私からの幼い質問。

 

お酒や運動はいつから開始していいか?

→「術後1ヶ月後ですね」

 

お、結構近いですな。あと20日足らず。10月下旬にはSUPも復帰できるということ。モチベーションが上がりますな。

 

そしてこの質問で先生があることに気づいた。「あ、今日誕生日ですよね!おめでとうございます!」まさか、先生に気づいてもらえるとはね。同席してた看護師さんもビックリ。「退院した直後に乾杯するくらいの量なら飲んでも大丈夫ですよ」よっしゃー。

 

しかしその時までにこのお尻の痛みは収まっているのかな。今、退院に向けての最大の懸念事項はこのお尻の痛み。質問ついでに先生に聞いてみる。「お尻の痛みがなかなかおさまらないのですが、私のお尻って今どうなってるんですか?」

 

そう。鏡に写そうとしても見えないし、触っただけだと、自分のお尻じゃないような変な感覚があるだけ。直腸·肛門が取り除かれて、お尻の穴が閉じられたことはわかるんだけど、それしかわからない。

 

軽い気持ちで発した質問だけど、先生の説明は結構衝撃的でした。直腸を摘出した後、直腸があった場所は当然空洞になるので、そこに小腸をはじめとした内臓が下垂してくる恐れがあるそう。それを避けるためにその空洞を閉じる必要があります。そこで、お尻の中の左右の筋肉をギュっと寄せあわせて縫合したということです。(抜糸は不要で糸は自然に溶けるそうです)

 

何だか話を聞いただけでも痛い。そりゃ簡単に痛みがなくなる訳ないよね。そして、術後12日目にして初めて聞く内容だったのかと疑問に思う。手術の内容だから事前に説明受けててもいいくらい。

 

ただ、もし早々にこの説明を聞いてたとしたら、私は必要以上にお尻の痛みを気にして、術後、積極的に歩けなかっただろうなとも思う。臆病者だからね。知らなかったから痛みを気にせず歩けた。フロアの風物詩になるくらい頻繁に廊下を歩けた。それが今までの順調な経過に繋がってるんだよね。そう言う意味ではある程度退院が見えてきた今、このタイミングでよかったのかもな。

 

次に退院日の協議。ぶっちゃけ先生は、(フィジカル的に)もういつでも大丈夫と言ってくれました。内心私は、じゃあ明日にも退院したい!(そして即日乾杯だ!)と思いましたが、さすがにストーマケアとパウチの扱いはまだ始まったばかりなので、先生から提示された退院日候補は今週末でした。金曜か土曜か。(ちなみに今日は月曜)  妻の仕事の都合で土曜日(10/10)に決定。当初の先生の見立てより1日だけ前倒し。まぁ上出来だな。一緒に退院後の外来受診も決定。22日。退院の12日後ってことね。

 

退院の日取りが決まったことで、妻が退院後の食生活について、詳しく聞きたいと申し出たところ、この後すぐ管理栄養士さんがきて説明してもらえることになりました。今日は本当に盛りだくさん。

 

PTの先生との再会

主治医からの説明は終了し、一度パブリックスペースにて待機。そこで懐かしい人の姿を目撃。たった2日間の付き合いだったけど、ICUでリハビリを指導してくれたPT(理学療法士)の先生。他の患者さんの付き添いでこのフロアに来てました。ここぞとばかりに声をかけてみると、しばらく思い出すための「間」があり、ようやく合点がいったかと思うと一気に驚きの表情へ。どうやらジャージ姿になってたので、まず入院患者かどうかで迷ったらしい。リストバンドで入院患者であることを理解して、記憶の中の私にたどり着いたと。。。ICU時代とは別人とも言えるくらい回復した私を見て、素直に喜んでくれました。PTの先生は妻にも気づいて、「手術翌日にスパルタで指導させてただいて以来なんです」と冗談じみた挨拶。それくらい厳しいリハビリに耐えて私が頑張ったということを言ってくれたのかな。決まったばかりの退院日も報告できたしよかった。

 

管理栄養士さんの講義

PTの先生が去った数分後、今度はお待ちしていた管理栄養士さんが登場。やはり専門家の意見は厳しい。術後1ヶ月は消化のよいもの食べるようにということで、注意すべき食材や、お勧めの調理法などを教えていただきました。ただ、総じて、「この食材はダメ」って言う禁止ではなく、摂取量に気を付けてくださいという内容だったので、食べる側としてはすこし安心。もちろん作る側の妻は頭から湯気が出そうな雰囲気。普段から我が家の献立は肉メインの大皿主義だったからね。

 

装具業者による講義

結局、30分くらい栄養士さんの講義を聞き、終了後間髪入れず、同じ場所で装具業者の面談となりました。まぁ、栄養士さんが業者担当者に代わっただけで、こちらも講義みたいなもんですね。装具や関連商品の説明、発注方法、病院との連携、障害者手帳発行後の流れなど、初めて聞くことが多く、装具の購入は普通のお買い物じゃないことを痛感しました。

 

特に、業者は我々発注者が購入を申し込んでも医療機関の同意がないと手配できないと言うのがビックリでした。医療品ならではの難しさだね。障害者手帳の補助金の都合もあるのかも。公金なんだから個人の都合で勝手なもの買うな、という牽制かな。ちなみに補助額は月換算で8000円ちょっと。さすがに微妙なラインついてくる。多すぎず少なすぎず。

 

それと、発注者が障害者認定を受けてる場合、業者は、発注者本人ではなく、発注者が居住している自治体に代金を請求できるそうです。つまり、発注者が受給すべき補助金が、発注者を介さずに自治体から業者へ直接移動するということです。

 

自治体には個人と紐付いた補助金がチャージされてて、残額があればそっち(自治体)に請求すると認識してくれとの説明。なるほど、分かりやすい。用途限定の補助金を簡単に運用するためには、これがベストなのかな。役所の管理が大変かどうかはわからないけど。。。

 

あと、驚いたと言うよりやっぱりな、と思ったのは、オンラインショッピングのインフラがいまいちなこと。電話やFAXでの発注がメインで構成されていることです。オンラインショッピングだと5000円以上購入しないと送料が発生するのに、電話やFAXだと送料無料。これは完全にお年寄りが多い市場感がにじみ出ている。担当者も、自社のオンラインショッピングのインフラには正直自信ないと仰ってました。Amazonや楽天と比較しないで下さいと言われました。

 

あと、「顧客=オストメイト」と市場が限定的なので、メーカーもサンプルを無料で提供してくれるということ。試して、気に入って、愛用してくれということですね。一度愛用されれば長いですから。医療品は他の分野も大体こんな感じなのかな。

 

一通り説明を受けて、簡単な顧客登録の用紙を記入して終了。今日のミッションはこれで終わり。既に暗くなってしまった屋外へ、へとへととなった妻が帰っていきました。ホントにありがとう。

 

夜は一人ささやかに誕生日祝。夕食後に売店でスイーツ購入。多少健康にも配慮しているレアチーズプリン。笑

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10月6日~ 術後13日目以降 カウントダウン

とうとう退院日が決まり、カウントダウンが始まりました。その日が来るまで体調を壊さないこと、パウチの扱いに慣れること、このたった二つがミッション。

 

正直ここから先は特段新しい展開や、目立った回復はなく、日々同じことの繰り返し。変わったことがあったと言えば、夜、病室に迷いこんだ蚊に悩まされ、安眠を妨害されたこととか、OLのようにほぼ毎日売店にスイーツを買いにいくようになったことくらい。

 

課題のパウチの扱いは、便の質によって、破棄する際の手間が大きく異なることに気がつきました。コロコロ便だと全然手間がかからない。最初は、看護師さんから試しに使わせてもらった消臭潤滑剤のおかげかと思ってたけど、完全に便の質でしたね。

 

ただ病院でコロコロ便はよしとされません。排便記録で固さを数字で表すのですが、ちょっとでも固いと水分摂取の心配をされます。造設したばかりのストーマに負担かけるなってことでしょうな。まだ腸閉塞のリスクもゼロじゃないだろうし。

 

パウチ交換は何気に苦戦。私のようなやせ形、平たいお腹は一般的に装着しやすいそうですが、私が装着すると接着面に空気が入ってしまいます。なかなかパーフェクトに装着できない。。。専門の看護師さんも、「なんでこのお腹で(接着面に)空気が入ってしまうんだろう?」と悩んでました。それくらい七不思議でしたが結局その謎は解明されることなく退院まで苦戦が続きました。

 

日々の生活は、お尻の痛み以外、まるで普通の人の生活に戻りました。ただ食事は最後までお粥主食の易消化メニュー。通常食にはならず、献立を見て楽しみにしてても、楽しみにしているメニューに限って消化のよいおかずに変更されてることがほとんど。栄養士さんから講義を受けた妻は、退院後もお粥にしなくちゃならないのかと頭を抱える。主食だけじゃなくておかずも鶏肉以外の肉は易消化メニューでは出ないからね。その辺も妻にとって悩ましいところ。

 

そして退院日の2日前、ある男性看護師が私の病室を訪れてくれました。それは手術翌日私を担当してくれたICUの看護師さんでした。歳は30歳くらいかな。ラジカセでFMつけてくれた方とは別。

 

この方は、実習生以外で唯一私の仕事のことを聞いてきた看護師さんでした。かなり大きなカテゴリで言えば、私の仕事も看護師さんと同じ分野とも言えなくもないため、多少親近感をもってくれたのかもしれません。私が一般病棟に戻っても、顔出しに行きますと言ってくれてました。そして、約束通り会いに来てくれた訳です。

 

当時とは別人のように回復した私を喜んでくれたあと、「今、一番困っていることは?」と聞かれて、パウチが自分でうまく装着できないことと答えました。やっぱり、この看護師さんも、「体型的には装着しやすい感じに見えるのに」と仰ってました。となると、私の貼りかたに問題があるのかなぁ。「姿勢良くして貼った方がいいかもしれませんね」とコツを伝授してもらい、束の間の再会は終了。明後日退院することも伝えられてよかった。あとでいつものように廊下を散歩してたら、この看護師さんは他の患者さんのケアに当たってました。ICUからこのフロアにヘルプにきてたんだね。

 

10月10日   術後17日目   嵐の中の退院

とうとう無事に退院日を迎えられました。血圧は相変わらず低いものの、発熱や便通トラブルもなく、予定どおり退院。なぜかこの日は同部屋の患者さんが全員退院となるという偶然。隣のベッドに3日前から検査入院されてたご老人も退院で、テレビのカードが残ってるから譲るよと言われたのですが、私も退院であることを伝えてお断りしました。なんか、大昔、スキー旅行の最終日にリフト券で同じ光景を見たような気がする。

 

衣類のほか、入院中に購入したパウチなどもあり、荷物がかなり多いので車でのお迎えをお願いしました。妻と義母が一緒にきてくれます。

 

まぁ、荷物の量も大変なのですが、一番大変なのは台風直撃の日に重なってしまったことですね。フィジカルは万全と言いつつも、相変わらずお尻は痛いわけで、病棟では自由に動けてても社場ではまだ病人の動き。車で運んでもらうのが一番です。そして、服装のミスマッチも深刻。残暑の残る9月に入院したもんだからハーフパンツとTシャツの湘南スタイルしか私服がない。妻にはパーカーを持参するようお願いしたけど、台風の寒さを凌ぐには心許ない。

 

妻と義母のお迎えは予定より若干遅れ、その間に私は荷造り、会計準備、病室チェックなど一通り退院準備を完了。同部屋の患者も退院し、誰もいなくなった病室でポツンと待機してました。まだ座って待てるほどお尻は回復してないから立ったまま。もう見飽きたと思っていたここからの風景もこれで最後。もう戻ってこないようにしなきゃな。

 

場所をパブリックスペースに移し、お迎えを待つ。妻が現れ、荷物を半分持ってもらう。タイミングよく担当の看護師さんが通ったので、退院のご挨拶。長いことお世話になりました。そのままエレベータへ。結構あっけないもんだな。

 

下階で支払を済ませ、義母の運転する車で帰途につく。台風直撃なだけあってすごい雨風。そして寒さ。まじで凍える。。。車できてもらってほんとによかった。お尻は痛いけど、術前のように車の振動とともに激痛に顔をしかめるような痛みじゃない。何より病院の敷地から外に出るのが久しぶりで、わくわく感が止まらない。

 

途中スーパーに寄って昼食を調達。私は惣菜パン。いきなりウィンナー入りに挑戦。わくわく感に身を任せすぎかとも思ったけど、よく噛んで食べれば大丈夫なはず。

 

スーパーを出てからまもなく義母宅に到着。義父が面倒見てくれていた我が子をここでピックアップ。20日ぶりの再会。もっと感動的かと思ったけど、まぁ冷静な我が子。嵐もあって車の中で静かな再会となりました。そしてとうとう自宅に到着。嵐の中、車を出してくれた義母にお礼を言って、中へ入る。なんだか久しぶり過ぎて自分の家ではないような感覚。こんな感じだったっけ?でも間違いなく我が家だ。

 

早速惣菜パンを食す。時間をかけてよく噛む。かつての日常が戻ってきたことをしみじみと噛み締める。パンうまいね。

 

ちなみに食前の漢方と食後の痛み止(お尻の痛み用)はまだ続いてる。これが不要になったら正真正銘の復活だな。ただお尻はまだまだかかりそうだから、しばらく痛み止は手離せないかな。。。

 

病棟では廊下を歩いてるか横になっているかしかなかったから、あまり体力は養えなかったんだよね。なので、歩くためのガソリンが尽きるとすぐベッドを頼ってしまう。徐々に起きてる時間も増やしていかなきゃな。でも今日のところは無理しなくていいでしょ。久しぶりの寝床で少し休もう。お休みなさい。そしてよく頑張ったよ、俺。