3rd QUATER

40代。人生後半戦。そろそろ本気で楽しめ。

急転!オストメイトへ②

9月10日、無事退院を果たし、いつもの日常に戻ってきました。何が嬉しいってやっぱり飯だね。病院食はやっぱり味気ないし。

 

尻の痛みは相変わらずの激しさで、歩行もスローリー。ひとまず私の選択肢は、15日に告げられる病理の結果を、このまま我慢の日々を繋いで待つしかなくなってしまいました。遠のくSUPフィッシング。ベストシーズンなのに・・・。

 

葛藤の9月中旬

生体検査からの退院に際し、自分が主治医から聞いたこと、そして生体検査直後に妻が受けた説明などを総合すると、今回採取した細胞の病理検査の結果によって、以下の3つが考えられるのかな、ということを妻と話していました。

1.直腸癌 → 手術・切除 → 人工肛門

2.その他の悪性の腫瘍 → 手術・切除 → 場合によっては人工肛門

3.良性 → 手術なしで別の治療法

そんでもって、「1」の可能性は限りなく少ないということは、妻が受けた説明の中で強調されていたようでした。ということは「2」か「3」。まぁ、いずれにしても人工肛門になるという事態には及ばないだろうと腹をくくっていました。

 

9月15日(火) 治療方針の告知

ようやく運命の日がきました。この日は結構盛りだくさん。血液検査やら心電図やらレントゲンやらがあって、「最後に」主治医からの説明を受けるという段取り。説明には妻も同席する予定。

 

私は上記の通り事前に検査が入っていたので先に病院に向かいました。結構早く着いてしまったのか、最初の血液検査でえらく待たされました。結局次の心電図が終わったあたりで仕事終わりに来院した妻と合流。

 

次に麻酔科との面談が入っていたことに気づき、妻を待合に置いて自分だけ麻酔科に向かいました。「あれ? これ生体検査の時も同じような面談やったな」と思いつつも、麻酔科の先生の話を聞いていると、やっぱり「手術前提」のお話なんだな。・・・ということは「悪性」なのか・・・? そのまま話を聞いていると「全身麻酔」のお話だ。

 

「すいません。主治医の先生から治療方針のお話を受けるのこの後なんで、私、何もわかっていないんですが・・・」

 

さすがに切り出してみる。そうしたら麻酔科の先生も面食らっちゃったようで、逆に核心には触れずにただ「全身麻酔」のお話を淡々と進めるだけとなりました。いや、そうなるよな・・・。なんだかわからないけど、ひとまず、同意書をもらって、「入院日」までにもって来るように言われました。そうだよね。手術だったら入院もするよね。

 

ということで、主治医と会う前にだいたい治療方針がわかってしまった感があります。少なくとも「全身麻酔」で「手術を行う」というのは間違いないらしい。ということは上記「3」ではないということだね。そんな内容を待合で待っていた妻に告げ、主治医の元に向かいました。

 

主治医からの説明は上記「2」にあたる「その他の悪性腫瘍」でした。通称「カルチノイド」。正式には「神経内分泌腫瘍」というらしい。「カルチノイド」を和訳すると「癌もどき」となるそうですが、「癌ではない」「癌の恐ろしさを全く有さない」との誤認を与え兼ねず、医学会では「カルチノイド」という通称はあえて使わなくなったということ。生体検査中、遠くで交わされていた医師同士の会話が蘇る。

 

本来、このカルチノイドは、数ミリの小さいものであれば、基本良性であり、ささっと取り除いて終わりのようですが、私の場合、2センチほどに大きく成長しており、「G3」という最悪レベルということでした。ということは、「癌の恐ろしさを有す」のだろうか・・・。

 

この腫瘍を中心に周囲のリンパ節に悪影響(転移)が及び今のお尻の痛みに繋がっているというのが主治医の見立て。おぉ、癌の恐ろしさをすでに有しているじゃないか。そこから、治療方針につながるわけだね。もう全身麻酔の手術というのはわかっているからそんなに驚かないぜ、と思いながら聞いていました。

 

示された治療方針は下記の通り。

 

・全身麻酔で手術をし、肛門・直腸を全摘出。その上周辺の腫れているリンパ節も摘出。(これで、今の痛みのもとはすべて取り除けるってことね。)

・人工肛門を造設し、術後は永続的に人工肛門での生活となる。(え?)

・手術は開腹ではなく腹腔鏡。さらにロボット補助手術を予定している。単純な腹腔鏡手術より、体内で関節が効くロボット技術は非常に有効。もちろん保険対象。市内でこの手術ができる病院も限られているということ。

・すでに「G3」レベルで、他臓器へ悪影響を及ぼす可能性は高く、スピード勝負の一面もある。手術は急いだ方がよい。だからこそ手術日程を早めに押さえている。(ということは、生体検査の段階でこの展開をある程度予期していたってことね・・・)

・骨盤内のリンパ節の周りには神経がたくさんある。リンパ節摘出にあたり、その近くにある神経への影響として排尿への障害が生じるリスクがある。(人工肛門で排便が根本から変わると言うのに排尿にも障害があったらもう耐えられる自信がない。)

 

・・・おいおいおい、結局直腸癌と変わらなくね? 話を聞くと、抗がん剤治療が効かない分、ひょっとしたら直腸癌よりタチが悪いのかもしれない。妻が「『一時的な』人工肛門という例も聞いたことがある」と質問したけど、大腸の中でも肛門にもっとも近い直腸切断の場合は、肛門を温存することは難しいらしい。たとえ温存する切除の方法をとったとしても、排便を司る直腸を部分的に切除するため排便障害のリスクがあったり、転移の芽をしっかり取りきれずに再発してしまうリスクなんかもあるらしい。

 

いよいよ雲行きが怪しい。私も妻も心の準備をしてきた許容範囲を超える内容。ちょっと持ち帰って考えさせてもらうこととしました。もちろん手術の予約はそのままにして。

 

主治医はセカンドオピニオンにも前向きに対応してくれることを約束してくれました。にしても、人工肛門での生活というのがまだまるでわからない。これまで度々医師から「人工肛門」という単語を聞いてきたけど、当事者意識がまるでなかったことを思い知らされました。

 

 すぐに実家の両親にも報告。妻からも妻方の両親に報告。やっぱり大事な決断だから「セカンドオピニオンとして別の機関で受診した方がいいのでは?」というのが大勢。ただ「スピード勝負」というところが少し引っかかるんだよね。これから別の機関で受診して、すぐに入院日程を押さえようとしても、10月に入ってしまうのが普通でしょう。転移の可能性が十分に考えられる腫瘍サイズってことは悩みの種でした。

 

結果、「今週中(この時点で火曜日の夕方)で、セカンドオピニオンに向けて、できることはやりきろう。肛門温存の可能性について前向きな見解が今週中に得られなければ、スピード勝負のこともあるし、今の主治医に全てを託そう。」これがたどり着いた最終的な結論でした。

 

時間が限られていることもあるので、もうこの日からセカンドオピニオン候補先の捜索が始まりました。そして早速、私の父の人脈から紹介してもらえそうな医師が一人。家族の力ってすげー。妹もWebから情報を提供してくれる。「今の医学の技術レベルで考えれば、肛門を温存できる範囲はかなり広がっているのでよく考えるべきだ」と。確かにWeb検索で引っかかってくるサイトにはそういう論調が多いね。確かに肛門温存に越したことはないんだけど・・・。

 

結局、既に夜ということもあって、病院に連絡も取れないので、続きは明日に持ち越し。長い一日はひとまずここまで。

 

9月16日(水) セカンドオピニオン加速

結局時間もないので、父の人脈を頼ることになりました。ただその先生の外来は、次回金曜日。結構大きな病院の先生なので、そりゃそうだろうな、と・・・。まぁ、そこは仕方ない。金曜日に受診して、その場で見解をもらえなければ「それまでだった」と腹をくくるしかないね。だって期限は今週いっぱいなんだから。

 

ちょっと伝えづらかったけど、主治医に連絡をして、セカンドオピニオンに向けての紹介状を依頼しました。その後、入院前のPCR検査の検体(といっても単なる唾液ね)を提出しに病院へ行った際に、外科にも立ち寄り先ほどの紹介状について確認すると、なんと明日の朝一には用意してくれるという回答。早い。金曜に受診できなきゃ意味がないんだから動きが早いのはホント助かる。しっかりとこちらの方針(今週中だけ動いて、他の選択肢がなければ先生にお願いします!という方針)も伝えておく。だから「セカンドオピニオンとして他院を受診するなんて言語道断!」なんて言って、見捨てないでね。と心で祈る。そんな想いが口を動かし「親の強い勧めがあって」なんて言い訳がましい言葉も発していました。あぁ、おとなげない。

 

翌日に紹介状が入手できるとわかったので、実家の父親に連絡。セカンドオピニオン候補としているその先生は東京の病院。だから翌日、神奈川の病院で紹介状を受け取った私を、明日、実家の東京へ運ぶべく、父親が車で迎えに来るという段取りになりました。すげー行動力。ありがとう、助かる。

 

9月17日(木) 東京へ

朝一で主治医のもとへ向かう自分。通常の診察と同じように待ち、診察室に呼ばれる。簡単に痛みや容体の確認を受けた。しっかり心配してくださっている。見捨てられていなくてよかった。(笑)そして、診察後に事務員の方から紹介状を受け取りました。

 

昼頃、両親が車で我が家へ到着。まもなく勤めから戻ってきた妻も学校から帰ってきた我が子も帰宅。しばし昼食で休息しつつも、ゆっくりせずに東京へとんぼ返り。両親は久々の孫との再会をかみしめたいところだったろうけど、今日はそれが目的ではないからね。ホント申し訳ない。私だけが両親とともに車に乗り込んで東京へ連行してもらった。

 

車の振動はマジで辛い。ドーナツ型クッションを持ち込んだけどあまり意味がない。直で振動がお尻に伝わる。2時間ほどの旅路を耐えた。

 

実家到着後も翌日金曜日(=つまり、平日で動ける最後の日)の段取りを練る。どうやら目的の先生の外来は午後から。そしてなぜか当日午前にその予約を受け付けるという病院のルールらしい。午前と午後両方病院に行かなきゃいけないってことか。午前の予約は代理でもいいそうなので、思うように動けない自分ではなく父親が行ってくれることになった。

 

ひとまず、その段取りだけ決めて今日は打ち切り。妹一家も実家に集まり夕飯。さすがに酒は飲めないけど、私のリクエストで刺身と唐揚げにノンアルコールビールで景気付け。みんなに勇気をもらったよ。

 

9月18日(金) 最終日の路線変更

予定通り朝一で父親が外来予約のため病院へ出発。この病院、「セカンドオピニオン外来」というのもあるそうだけど、保険対象外で2万円以上かかると言う話。お金の心配している場合じゃないだろ、と言われそうだけど、やっぱりここは普通の外来で医師の見解を聞けるのがベストだよね。

 

大きい病院なので混雑はある程度覚悟の上。ただ、午前の予約はいわゆる「整理券配布」みたいな位置付けであっさり終わると思ってました。・・・が、これも結構時間がかかっているようで。なかなか父親から連絡がこない。こちらから連絡すると「まだ待たされそう」と父親。これ、大丈夫かな? ちゃんと受診できるのか?

 

父親を待つ間、妹から埼玉の病院がよいのではないかとLINEで情報提供。確かに肛門温存の治療に関して実績がありそうなところ。そしていわゆる大学病院のような大型総合病院じゃない。電話で相談ができるというので、私が早速電話をしてみるといきなり院長と繋いでくれた。マジかよ。そして事情を話すと、「紹介状はいらないから外来で受診してください」と優しい回答。マジかよ。今日の外来受付は16時から。まだ十分余裕があるじゃん。あれ、こっちの方が話早くね?もう医師と直接話できたし。。。

 

妻に連絡、妹にも母にも相談したけど、結局「決めるのはあんた(私)よ」というのは当然のことで・・・。父親に連絡をし、今行なっている予約を取り下げ、戻ってきてもらうようにお願いすることにしちゃいました。ここにきて、埼玉の病院を受診するという路線変更。色々な人に迷惑かけちゃうけど、こっちはできるだけ「確実に」「今日中に」医師の見解が欲しい身だからね。ある程度小規模の病院で動きが早い方が助かるのは事実。大病院だと、「後日検査」なんてことになりかねないんじゃないかと勘ぐってしまったのもあるし。

 

昼過ぎに父親は帰宅し、今度は16時の受付に向けて埼玉に車を走らせてもらいました。70歳近いのにこきつかってごめん。ホント。もちろん、長時間ドライブのお尻の激痛を耐えて目的の病院に到着。2時間程度の待ち時間を覚悟してましたが、17時前くらいに名前を呼ばれる。紹介状は他院宛のため開封できないと言われました。そりゃそうだよね。道徳的。だからこそ「(腫瘍を)見てみないとわからない」「今から内視鏡検査を行おう」という段取りになったのはある意味必然だね。

 

もちろん私は恐怖。同じ検査を9月8日に行なっているから。肛門に何かが入って来るとその刺激が引き金になって激痛が襲って来るのはこれまでの数々の診察で明らかなところ。またあの痛みに耐えねばならないと思うと憂鬱なんだよね。

 

すぐに検査着に着替えて検査室へ向かう。看護師が私に態勢を指示してくれる。横になってその格好になると、バスタオルをかけられる。そしてしばらく医師を待つ時間。看護師が私に聞く。「セカンドオピニオンでしたっけ?」私はそんなもんだと回答する。「人工肛門と聞いて、まだ実感がわかない自分もいるし、正直受け入れたくない思いもあるんだと思う」と付け足す。すると看護師は「私の個人的な見解ですが、もし私だったら全て綺麗に取ってもらって、人工肛門は受け入れると思います。やっぱり命がもっとも大事ですからね。たぶんドクターはこんなこと言わないと思いますけど・・・。」と独自の見解を展開。驚いたけど、なんか、不思議な説得力がありました。

 

内視鏡検査は9月8日と同じく直腸まで。やはり激痛に耐えながら行われたのは言うまでもないね。結果、カルチノイドであること、サイズ的に悪性だろうこと(これはすでに病理検査を受けていることより)、そして肛門からの距離があまりに近いこと、これらを考えればやはり直腸切断→人工肛門というのは不可避なのではないかという見解でした。

 

そして、何より私が激痛に耐える様子を見て、「君の痛がり方は、カルチノイドによる痛みではないよね。おそらく周辺のリンパ節への転移が原因だと思うけど」と一瞬で完璧に見抜かれていました。今の病院でもそのように診断され、手術ではリンパ節も一部摘出することになっていると伝えたところ、納得していました。

 

ここまで断定的に人工肛門不可避の見解を突きつけられれば、今回のセカンドオピニオンとしての目的は達したようなもの。そしてこの埼玉の病院で手術を受けようとすると、やはり日程的に10月中旬になってしまうということでした。やはりスピード勝負なら今の神奈川の病院だね。迷いがなくなったのはいいこと。もちろん肛門温存の道が絶たれたことはマイナスなはずなんだけど、躊躇なく進める環境になれたのはよかったのかなと。

 

こうやって、正味4日間しかなかったセカンドオピニオンへの濃密な日々が終了。結論として当初案でいくこととなったわけですが、精神的に事実を受け入れて進む準備が整ったと言う意味で有意義だったように思います。

 

9月19日(土)〜20日(日) 同僚会食と湘南帰還

当初予定通り、9月21日に入院し23日に手術を受ける。この段取りで進むことにしたことで一気に手術が近づいた感覚になりました。会社にもこの結果については報告を入れ、手術を受けることにより入院期間も長引くため「休職」の申請をしたい旨を伝えました。

 

また会社でもっとも仲の良い同僚にも近況を報告したところ、一度、入院前に飯を食いに行こうと誘ってくれたので、この19日(土)に行くことになっていました。同僚は実家まで車で迎えに来てくれて、ランチで結構いい焼肉を食いにいきました。会社の近況なんかを聞きつつ、楽しい時間を噛み締めてました。

 

食後、実家に戻った私は、大してくつろぐでもなく、すぐに湘南へ帰宅すべく出発しました。入院日が近いですからね。そしてさすがに今回は電車を利用。父親の体力もきつかったと思うけど、何より私(の尻)がロングドライブに耐えられないから。

 

年老いたおじいさんのようにゆっくり歩きながら電車を乗り継ぎ、時間をかけながらなんとか帰宅した私は、入院前最後の家族との時間を大事に過ごしました。日曜日は私のリクエストで夕食がとんかつになり、やっぱりノンアルコールビールで最後の晩酌を楽しみました。また、日曜日の日中には、近所にある妻の両親宅で、東京(埼玉)でのセカンドオピニオンについて報告をし、その結果、明日から入院することを伝えました。

 

入院を翌日に控えても、手術はまだその2日後。私自身、まだ緊張感はありませんでした。